top of page

16,500年前から、3,000年前まであった、平和な暮らし

  • 執筆者の写真: 株式会社ひらり
    株式会社ひらり
  • 3 日前
  • 読了時間: 3分

縄文ストーンサークルを巡る旅。

今年も「リーダーのための言霊塾奥伝」では、縄文遺跡を訪ね、その土地に今も残る空気を感じました。


縄文時代の人々は、意図的に文明化(人のために大きな建造物を建てたり、自然界に手を加えること)はしなかったと言われます。


1万3千年間、人を殺すための道具が見つかりません。

殺されたと明確にわかる人骨が見つかりません。


耕作したと思われる道具も発掘されていません。


一方で、精密な日の出、日の入りをわかっていたようです。


大森勝山遺跡は、冬至の日の入りが岩木山山頂に落ちるような場所に作られています。


大湯環状列石は、冬至の日の出と夏至の日の入りが一直線上になるように2つのストーンサークルが並び、線が引かれ、日時計と思われるものがそれぞれに作られています。


その日時計には正確に東西南北の方向を示す石が4つの方向に置かれていました。


建造物の全ての柱の間隔が、全国どこも同じ尺度になっています。


遠い新潟県や長野県産の、ヒスイや黒曜石が出てきます。そこで遠方との交易があったことが伺えます。


この頃の人たちは、所有の概念がなかったと言われます。


そして面白いことに、今からおよそ5,000年ほど前には、イギリスのストーンヘンジ他、世界中でストーンサークルが作られていたのだそうです。


弥生時代の農耕が入ってきた後の遺跡も見学しました。

その時代になると明らかに殺人された骨が見つかっているのです。


この間にどんなきっかけがあったのでしょう。

渡来人、人口増加、稲作。食べ物を長期間貯蔵できるようになり、土地や食物に対する所有の感覚が芽生えた。。

様々な説があります。


今私たちが学ぶべきこと、参考にすること、還るところが、縄文文化にあるように思います。


自然と先祖を敬い、自然と先祖たちと共に生きる。

感謝と敬意から、自然に織り込まれて生きる。


遺跡に立つと、少なくとも1000年以上この地に暮らし、祈った人々の気を感じることができました。


自然を愛で敬ってきた気配が今もそこの土地に残っているように感じます。


遮光器土偶が見つかった亀ヶ岡石器遺跡に生えていたベリーとさくらんぼを摘んでそのままいただきましたら、とても美味しかったです。


豊かな幸せな気持ちになる縄文遺跡。

今回も心ゆくまで満たされた旅となりました。


青森タクシーの名物運転手、乗田さんの、心づくしのおもてなしに

参加された方々の、ありのままの澄んだあり方に

縄文の方々が残してくれた大切な生き方に

自然の恵みに

現地でご案内くださったガイドの方々に

感謝致します。

コメント


bottom of page