フェアトレード・ワールドシフト・SDGs

最終更新: 8月18日


20歳頃に『アジアの子供』と言うようなタイトルの絵本を読みました。当時は絵本専門店に毎月通って1時間ほど立ち読み(今はネットで購入することが多く、あまり聞かないですね。立ち読み、趣味でした)した上で、気に入った絵本を一冊ずつ購入するのが好きでした。


そこで立ち読みして出会った本です。

そこには、日本をはじめ先進国が木材をアジア各国から入手するためどんどん木を切り倒し、そのことにより大きな洪水が頻繁に起こるようになり、家が流されてしまった子供達や、一日数円と言う安い賃金で洋服を縫製するために一所懸命に働く親とどれだけ働いても豊かになれない暮らしの中で学校にも通えない子供達のことなどが描かれていました。


世界のこうした不都合な真実に、私は衝撃を受けました。食べるに困るほど貧しい暮らしをしている人たちがアジア、アフリカ、中南米にいることは知っていたものの、自分たちの当たり前の暮らしが、彼らの生活困窮に加担していると知って、非常に落ち込んだことを覚えています。


それ以来、同じ物を買うのならフェアトレード・ショップで買おう。と言うことをできるだけ意識するようになりました。


自由が丘に本店のあるピープル・ツリーという主にファッションや雑貨を扱うお店があります。そこの支部のようなお店が当時暮らしていた名古屋にもあり、アクセサリー、かばん、お菓子、洋服はできるだけそこで買っていました。


この事実、どうやったら世の中に広く情報として拡げられるだろう。と思ったりしてきました。


2009年にチェンジザ・ドリームシンポジウムとワールドシフトに出会いました。


ワールドシフトは、世界は今文明の転換期にある。誰かがやってくれるのを待つのではなく、ひとりひとりが主体となって自分の持ち場でシフトを起こす主体的かつ世界的ムーブメントである。


と、アーヴィン・ラズロ博士が世界に呼びかけました。ラズロ博士は幼少期はプロピアニストとして活動され、システム哲学などを大学院で修め、ノーベル平和賞と平和賞候補者からなるブタペストクラブの代表を務める方です。


映画「地球交響曲(ガイアシンフォニー)」にも登場されています。私はラズロ博士の著書『COSMOS』をそれ以前に目にしており「人と宇宙はコ・クリエーションしている」という言葉に納得と共感を感じていましたので、ラズロ博士がおっしゃることだったことと、そして一人ひとりが主体的に行うムーブメントであり、誰かの指示に従うのではない、ということに非常に共感した覚えがあります。


それから、ワールドシフトを私なりに実践しようと思い、東京、浜松、名古屋などご縁ある地域で対話会をしてみたり、ワールドシフトネットワークジャパン代表理事の谷崎テトラさんをお呼びして、地球の現状を伺い、ワールドシフトの概念を語っていただき、その上で対話会を開いたりするようになりました。


やがて、「ワールドシフトとは」を谷崎テトラさん以外の方も語れるようになるために、「ワールドシフト・コミュニケ―ター養成講座」を始めるようになりました。


社会にはこんなに課題があると人々に伝えるのはなかなかの困難で、それに耳を貸すと経済活動ができなくなるという理由から聞く耳を持ってもらえない人や場面があることを痛感しました。


そうこうするうちにSDGsが国連で可決されました。本当に本当に、それはうれしい出来事でした。なぜなら経済活動主体、儲かるかどうか?が大切な方々や企業にもようやく社会課題を分かち合うことができるようになり、経済のあり方を考え直すきっかけとなったからです。


SDGsゲームを開発してくれたお知り合いの稲村さんたちにも、すごい!やった!と後押しをもらった気持ちがしました。


日本でも近年大型の水害が毎年のように起こるようになってきています。少し前までご先祖様たちが抱いてきた、八百万の神々(自然や物に宿る神性)を敬い、あらゆるいのちと共に生きる、コ・クリエーションしてきた感性を思い出して、過度にものを持ったり、過度に食べ物のためのいのちを取り過ぎない暮らし方、世界観を活かす時であるように思っていますす。


SDGsや国連を悪く言ったり、斜めに観たりする視点も、根本を問うという姿勢としてはあってもいいのですが、度を越して狭い視野で批判するようになるのであれば、その前に、何千年も、縄文時代から考えると約1万5千年前から文化を営み今の暮らしやすい社会につなげてくれたご先祖様に感謝し、せめて千年先までの未来でもいいので、未来を生きる子孫の方々が生きやすい未来につなげる生き方、働き方にするにはどうしたらいいか?をもっと対話し、今の生き方を見直すことをしていきたいものだと思います。


一人ひとりが小さなことを行えばやがて大きなムーブメントになっていくと信じ、お金の使い道を選択することは、社会への投票であるという視点を思い出しながら、すべての生命を尊重するサービスや物に対してお金を使って行きたいものだと改めて考えているこの頃です。