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生きるために一番大切なものは、何ですか?





生きるために一番大切なものは、何ですか?


12年前の3月11日の体験は、東京にいた私にとっても人生に大きな影響をくれた。本当に必要なものは何なのか?に気付かせてくれた。


地震後、都内での仕事等の予定がなくなったので、翌日午後には名古屋の実家に帰った。その時、二度と東京に戻ってこられないかもしれないと考えた。そう思って家の中を見渡し、では何を持って行くのか?と思うと、生きるために最低限必要なものは、通帳と印鑑、保険証券だけだと当時思った。それ以外は代替が効くものばかり。生きるために必要不可欠なものは、ほとんどないのだと分かった。 1週間ほど経ち、関東地方にいる友人が、東北地方の友人に必要なものを聴いて、トラックを借りて持って行くことにしたといった。単一の乾電池と作業服が欲しいと言われ、東京に戻っていた私は買い物に行くも、単一電池はどの店にもなかった。そこで名古屋にいる両親や妹に電話して単一電池を買ってきてほしいと頼んだ。名古屋でもほとんどなくなっていた。そこで、更に福岡の知人に頼んだ。福岡では購入できて送ってもらうことができた。名古屋の友人からは、作業服を送ってもらった。 この時思った。東北地方で被災した方々はお金があっても何も入手できない。この時に頼りになるのは友人知人。どれほどお金や資産を持っているか?以前に大切なことは、どれほど信頼関係あるつながりがあるか?人とのつながりこそが大切なのだと思った。 1年後の2012年3月11日には、ボランティアで石巻にいた。全国からボランティアに来ていた学生さんや若者たちとともに、流されずに残った一軒家に寝泊まりして主に50歳代以上の方と小学校低学年の子供達に絵を描くワークショップをしながら心がほっとするためのサポートをしていた。他の若者たちはわかめの養殖の支援や地元の人たちが集まって来る場所、無料のお茶っこ(カフェ)の運営などをしていたが、彼ら彼女らが寒さに風邪をひいたりすることもあった。次第に暮らしが落ち着いてきていた地元のお年寄りたちに、むしろボランティアの学生さんたちが、地元のお饅頭やのお饅頭をもらったり、これ飲むといいよと野草を積んで煎じた薬湯をもらったりしていた。 今日でボランティア活動が最後という夜。地元の方々に私たちが食事をご馳走になった。寄付などあり合わせのキッチン道具で運営してきたお茶っこ兼ボランティアの宿泊場所のキッチンでみんなで鍋を食べた。そこで十数人で囲んだ食卓は、あたたかくて、つながりを感じて、どちらが支援者かわからないような、なんとも心に沁み入る時間だった。 みんな一生懸命自分に差し出せるものを差し出しあって、質素だけれど地元の方々(被災者と呼ばれる立場だった方々)の心のこもった、地元の美味しい食材をいただいた。なにもかもなくなったということが、どれほど人の心に無駄な思いをそぎ落としてくれることだろうかと思った。 私のような立場の直接的な被害のなかった者でも、こんなに気づきがあった。


時と共に薄れさせてはいけないと、自分の心にもう一度思った。12年前から、また人類は遠くまで来た。命を最大に役立てて生きていきたいと改めて思った。 出来事に、ご縁あった方々に、自然のサイクル(時)に、ありがとうございます。







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