『新釈古事記伝』に学ぶリーダーとしてのあり方


2日前は、毎月恒例古事記読書会でした。そしていよいよ、新釈古事記伝の本文を読み合いました。テーマは「因幡の白兎」。


著者の阿部先生(戦前の高校生に向けた授業を書籍にしたもの)の解釈の深さと、それを読み合う18名の仲間たちの読みの深さ。リーダーとして、周りに自分の影響がどのように波及するか?を意識してこられている体験に裏付けされた気付きが、場を躍動的にしていきました。

うさぎの視点、ワニの視点。ワニは何を気付いたのか?

ワニは自分の立場や強さに胡坐をかいていたのではないか?ウサギは素直にワニに依頼せずなぜワニをだますことをしたのか?


最後には、一人ひとりがリーダーとしてこの読書会から持ち帰るものを宣言して終わりました。

その宣言を聴くだけでもまた気付きがある。そんな時間で、なかなかのエキサイティングなひとときでした。


私が持ち帰りたいのは「皮をワニに剥がされたウサギさんが、この体を元通りに戻してもらおうと神様に一心不乱に祈っていた。」と言う箇所です。参加された方がおっしゃっていたのですが、ワニとウサギの関係以外に第三者として神様が存在している。この視点が近年見失われつつあるが、この視点こそが豊かさを生んでいるのではないか?というようなお話です。


今日からお盆ですが、仏壇や神棚の前以外でも、神様や仏様に祈る、お願いするということを、そういえば子供の頃、周りの大人たちはもう少しナチュラルに頻繁にしていたことを思い出しました。


参加されたみなさん、今月もありがとうございました!